日本地理:第二章 日本の人口と気候

2021-05-08 10:04

第二章日本の人口と気候

第一節 総人口と大都市
日本の総人口は約1億2.692万人(2000年)であり、これは中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジル、ロシア、パキスタン、オランダに次いで世界第9位である。
日本の人口は、江戸時代のおよそ250年間は約3千万人で、大きな変化はなかった。明治維新以後、産業が発達し、人々の働く場所が増えるにつれて人口も増加した。第二次世界大戦で一時減少したが、戦後再び増加し、明治から100年ほどのうちに約3倍に増加した。そのうえ、毎年およそ100万人ほど増えている。近年は、医学などの進歩によって死亡率は低くなったが、家族計画の浸透、女性の晩婚化や出産に対する意識の変化などで出生率がそれ以上に低くなったので、人口全体としての増加率は下がっている。
人口の分布は、温暖で交通・産業の発達した太平洋側沿いの平野に多く、本州の南関東から北九州にかけて人口の70%が集まっている。
日本の総人口は2000年で世界第九位であり、最近の人口推計によると、日本の人口は2007年前後にピークに到達するが、その後は本格的に減少を開始するとされている。日本は人口の割に国土が狭いため、世界の中でも人口密度の高い国として知られる。人口密度は1km2に住んでいる人数のことで、日本全体の人口密度は337人(1995年)であるが、国土全体が山がちな地形のため、実質的にはかなり高密度な状態にあると言える。日本では、人口密度が一番高い所は東京都で、5,410人である。次は大阪府の4,614人、その次は神奈川県の3,377人である。
日本で一番人口密度が低い所は、北海道で72人である。次は、岩手県の93人、次は秋田県の105人、次は高知県と島根県の115人である。人口密度が高すぎる所を過密、低すぎる所を過疎という。工業の発展に伴って人口が都市に集中し、農村では著しく減少した。今、日本では過密と過疎が進んでいる。
今、日本では子供の数が少なくなって、年寄りの数が多くなっている。これを人口の高齢化という。日本はすでに1970年に高齢化社会に入っていたことになる。2000年に65歳以上の人の数は、総人口の13%であったが、予測では2010年に20%になって、人口の高齢化が今より進む。
日本人は世界で一番寿命が長い国民である。2000年に日本人の平均寿命は、男が77.6歳、女が84.6歳であった。高齢化が進む現在、2020年ごろには、4人に1人が老年人口になると予想されており、世界一の超高齢国になるとみられている。高齢化社会では、高年齢者の再就職の促進や労働能力の活用、心身の健康保持と体力の増加など、福祉の増進をはかる必要がある。また、寝たきり老人や1人暮らしの老人などのように、社会的な援助を必要とする老人の対策も不可欠である。
地形的な制約と経済活動の状況から、人口の分布は全国均一ではない。工業化に伴う人口移動の結果、とりわけ関東平野・大阪平野・濃尾平野を中心に人口が分布し、東京・大阪・名古屋の三大都市圏への人口集中が著しい。とくに東京圏への人口集中率は高く、1現在、東京圏の人口は3216万人で、東京50km圏内の人口だけで、全人口の1/4近くを占める。こうした人口の過密から大都市圏は地価の高騰、住宅の不足、交通事情の悪化、ごみ処理問題など、深刻な問題を抱えている。
現在、日本には人口100万以上の大都市が13ある。北から、札幌、仙台、埼玉、東京、横浜、川崎、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡、北九州である。そのほか、5万人以上の市が約660ぐらいある。
横浜は日本で2番目に大きい都市であり、人口は327万人ぐらいである。3番目に大きい都市は大阪で、人口は248万人ぐらいである。名古屋は日本で4番目に大きい町で、本州の真中にある。札幌は北海道にあり、福岡と北九州市は九州にある。
東京は日本の首都である。人口は約1,100万であり、日本で一番大きな都市である。日本の人口の約十分の一の人が東京に住んでいる。東京都には23区と27の市がある。東京の周りには、大きい市が沢山ある。八王子市、立川市、横浜市、川崎市、大宮市、浦和市、千葉市、船橋市などであり、ここを首都圏という。首都圏というのは、首都とその周りの所という意味である。
東京は日本の政治、経済、文化の中心地であり、ここには金融・製造業などの大企業の本社や、政治・行政機関、全国的な団体や組織の本部や大学などが集中しており、それらに隣接してホテル・デパート・旅行代理店・飲食娯楽施設などが多数立地している。ここへ毎日沢山の人が電車やバスで通勤や通学をして、通勤や通学に1時間以上かかる人が多い。東京では、昼間は人口密度が多くなり、東京の中心の千代田区では昼間の人口が夜の人口の20倍になる。
  最近では東京の住宅地はだんだん郊外に広がっている。郊外に移る人々が多くなり、都心の夜間人口の減少が目立ち、いわゆるドーナツ現象が起こってきた。東京の郊外で、多くの衛星都市や住宅団地が発達し、東京と強く結びついた大都市圏をつくっている。東京を日本の政治、経済、文化の中心として相応しいように整えるために、周りの地方を合せて、全体としての発展をはからなければならない。そのため、首都圏整備法という法律が作られ、それに基づいて東京を中心とする広い範囲の整備計画が進められている。それは東京、埼玉、千葉、神奈川、茨城、栃木、群馬、山梨の1都7県を含んだ地域を首都圏と定め、その中に、緑地帯、住宅都市、工業都市を指定し、中心部の人口や産業を分散させようとするもので、官庁や大学を都外へ移転することも考えられ、研究学園都市や都市開発地域の建設に重点が置かれている。

第二節 日本の気候

日本は中緯度地帯に位置するため、全体的に見ると気温が温暖で、四季の区別がはっきりしている。しかし、列島の北端から南端まで3000kmあるので、地域によって気温の差が大きい。例えば、北海道の稚内では年平均温度は6.2度であるのに、奄美大島の名瀬では年平均温度は21.1度である。
また、日本はアジア大陸の東岸にあって、季節風帯にあるうえ、周囲が海に囲まれているので、夏も冬も季節風が雨や雪を降らせる。このため日本の気候は多雨多湿である。年平均雨量は、九州が2050mm、四国が2030mm、本州が1700mm、北海道が1060mmで、雨量が最も多い紀伊半島のあたりは4000mmに達する地域もある。
 春になると、移動性高気圧と温帯低気圧が交互に日本列島を通過する。大陸から日本海に発達した低気圧が進んでくると、激しい南風が吹き、日本海側ではフェ-ン現象が見られることがある。高温多湿な小笠原気団と、冷涼湿潤なオホ-ツク気団との間に、東西に伸びる梅雨前線が日本列島南岸に停滞すると、梅雨の季節である。夏至を含む季節であるにもかかわらず、とくに西日本を中心に降水をもたらすので、日照時間は短くなる。梅雨には高温多湿な日が続き、日本の特徴的な季節となっている。小笠原気団がほぼ日本全土を支配すると、梅雨明けである。晴天が続くが、湿度が高いので、熱帯地域以上に寝苦しい夜となることが多い。夏の終わりから秋にかけては、台風が到来する。この時期は台風の襲来だけでなく、発達しはじめた揚子江気団と、小笠原気団との間にできる秋雨前線により、比較的雨が続くことが多く、秋霖の季節と呼ばれている。この時期が過ぎると、移動性高気圧と温帯低気圧が交互に日本を通過し、比較的天気に恵まれ、秋晴れの季節となる。そして、寒冷なシベリア気団から季節風が吹き出すと、もう冬の訪れである。シベリア気団の勢力が衰えるまで、春は来ない。
このように、気温が温暖なこと、地域によって気温の差が大きいこと、雨量が多いこと、四季の移り変わりがはっきりしていることなどが日本の気候の主な特色である。
日本の気候は地域によってかなり違っている。その原因をまとめてみると、次のようである。
  日本の国土は南北に細長いので、南と北では気候がかなり違っている。渡島半島を除いた北海道は亜寒帯性気候(月平均気温零度以下が四ヶ月以上)に属するが、奄美大島以南の南西諸島は亜熱帯性気候(年平均気温が20度以上)に属する。そして、その中間にある渡島半島、本州、四国、九州はみな温帯性気候(年平均気温が20度以下)に属する。このように、気温を中心にして分けると、日本の大部分の地方は温帯性気候であるが、南には亜熱帯性気候の所があり、また、北には亜寒帯性気候の所もある。
日本は季節風帯にあるため、季節風も日本の気候に大きな影響を与えている。冬は北西の冷たい季節風が強く吹き、夏は南東の季節風が吹いて、暖かい湿った空気を運んでくる。このため、太平洋岸では夏季に雨量が多く、日本海岸では冬季に深雪となる。
日本は高い山々が背骨のように列島の中央部を貫いている。このような地形も日本の気候に大きな影響を与えている。中央部の山地を境にして、太平洋側と日本海側とでは気候がずいぶん違う。太平洋側は夏に雨の日が多く、冬は乾いた風が吹き、晴れた寒い日が続く。これに対して、日本海側では夏にはわりあい晴天の日が続くが、冬は雪や雨の日が多く、曇った日が続く。
日本の気候はまた、大いに海流に影響されている。南方からの暖流は、北方からの寒流を弱めて日本を暖かくするし、また北方からの寒流は、日本の東北部を寒くする。その結果、海岸地帯と海から離れた内陸の盆地とでは気候が違っている。
以上のような原因によって、日本の気候は大きく太平洋式気候と日本海式気候に分けられる。この二大区分を前提として、日本をいくつかの気候区に分けることができる。                                       
  太平洋沿岸気候区は、夏は雨が多く、冬は乾燥する。日本海沿岸気候区は、一般に夏はわりあい雨が少なく、冬は雪が多い。北海道気候区は、冬が長く、日本海側に雪も多く、気温は低い。南西諸島気候区は、一年中気温が高く、しかも台風による雨が多い。瀬戸内気候区は、冬も温暖で年中雨が少なく、晴れた日が多い。中部高地気候区は、夏と冬の気温の差が大きく、降水量が少ない。
気候は産業や生活に大きな影響を与えている。夏は高温になるので、稲作が行われ、そのあとに、涼しい気候に適する小麦が作られる。東北では冷帯性のりんごやジャガイモが、西南では温帯性のみかんや茶が収穫される。日本人は複雑な気候の特色をよく知り、それぞれの土地の気候に応じて工夫をするなど、知恵と努力を積み重ねて、自分の生活を築いてきたのである。


第四節自然災害

日本は地盤が不安定であり、気候の変化が激しいため、世界の中でも自然災害が多い国である。その自然災害の種類がいくつもある。
火山の爆発:日本は火山の多い国であるので、火山の爆発も多く、時には災害となる。1888年には東北地方の盤梯山の爆発は山北の部落を埋めて、500人の命を奪い取ったことがある。1965年には浅間山が400回も爆発して、多くの被害者が出てきた。1977年には北海道の有珠山が爆発し、周囲の農作物に大きな被害を与え、2000年3月31日再び噴火した。また、1979年の阿蘇山の爆発では死者三人を出した。
津波:地震や海底火山の爆発は、時には津波を起こして、被害を与えることもある。とくに、三陸のリアス式海岸では、たびたび津波の害を受ける。
風水害:台風による風水害は日本にとってとくに大きな災害である。中でも近畿地方を襲った室戸台風(1934)、関東地方を襲ったカスリン台風(1947)、愛知県を襲った伊勢湾台風(1959)などは多くの人命を奪い、耕地、家屋や交通路に大きな被害を与えた。
地震:日本は地震が多く、地震国として有名である。地震が起こる原因には、火山の爆発によるものと、地殻の変動によるものとがあるが、日本列島が環太平洋火山帯にあるので、火山活動も活発で、地殻の変動も多く、地震も多いのである。
日本では、地震は毎日のように起こっているが、その大部分は人間の身体に感じないものである。大地震は一般に太平洋側に多く、1923年の関東大震災、1946年の南海地震、1952年の十勝沖地震などはその例である。中でも、関東大震災の被害は大きく、死者9万人、負傷者10万人、破壊焼失家屋は68万戸におよんだ。
1995年1月17日の早朝、強い地震が阪神地方で起こった。震源地は淡路島の北で、神戸市、西宮市、芦屋市、淡路島が特に大きな被害を受けた。これは活断層の動きによって起きた都市直下型の地震であり、マグニチュード7.2、震度7という今までにない大きな揺れの地震であった。この地震で、電気・水道・ガスなどのライフラインもほとんど壊れ、高速道路や新幹線も使えなくなった。建物が地震で壊れただけでなく、その後で火事も発生したが、水道が壊れたり、道路が壊れたりして消火ができず、救助が遅れ、被害が広がった。この地震で死者は6,300人にもなった。
このように大きな地震では、災害地の役所や病院も被害を受け、そこで働く人も被害者であったり、情報システムも壊れたりして混乱し、政府に情報が届くのも遅れて、対応が遅くなってしまった。しかし、被害者は水や食糧を分け合って、落ち着いて行動し、大きな犯罪は起きなかった。
自然災害に対して、日本人は長い間に色々な努力を重ね、その被害を最小限に食い止めようとしてきた。防潮堤や防風林を造ったり、河道の改修や分流工事、ダム建設、稲の品種改良を行ったりするなど、様々な対策を立ててきた。さらに最近では、天気予報や洪水予報、地震や火山爆発の予知についても科学的な研究が進められ、災害の防止に大きく役立つようになった。また地震に対して強い建築材料や建築技術も開発されるようになったので、耐震性の強い高層建築も可能になった。
政府は毎年の9月1日を国の防災日を決め、この日には、全工区の公的機関によって防災訓練が行われる。